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らくらく新聞@ブンタウ

ベトナムのんびりローカルリゾート・ブンタウからベトナムと日本の諸々のことを書いています。 

きちんとお金をもらうことって大切ですね。

正当な対価をもらいましょう

 ベトナム生活も もう半年。

今、生活するに困らないし、時間の余裕もあるからと、興味に応じてお金にならない仕事をしたり、義理人情でお金を求めず契約外の業務をこなしたりしながらも、のほほんと過ごしてきました。

しかし、とある出来事により「正当な対価をもらうこと」について考えさせられました。

 

他の大学の先生の話ですが、先生の仕事は学生に授業を提供することであり、それ以外は業務ではない(という契約を結んでいる)。そのため、テストの採点でも1人あたりいくらできちんと報酬をとっているというのです。

また、大学のイベントなどで時間を割いた人間(先生だけでなく学生にも!)には、うまく大義名分を作って報酬を渡したり、名分を作りがたいときでも、何がしかの形で彼らに報酬が回るよう工夫するらしいのです。その工夫とは、先に述べたテストの採点の1人当たりの単価を増やすとか、翻訳・通訳といったその他の大学の仕事に対する報酬に色をつけるとのこと。そもそも大学に予算がないというときには、企業からの協賛などを得てまかないます。

 

その先生曰く

「お金をもらうか、もらわないか、は損得の問題じゃない。正義の問題だ。正当な対価がなければ人はやる気を失う。しんどさを感じる。個人は勿論、チーム・組織も発展できないか壊れていく。だから、どんなに小さい仕事であってもきちんとお金を払われないということは許しがたい。私は自分の正当な対価を主張してきたし、部下や同僚が業務以外の仕事をするときには必ず対価を受け取れるようにしてきた。上司の仕事は部下がきちんと生活できるよう、納得できるように対価を払う算段をつけることだ。」と。

 

この話自体はベトナムの中で問題のある学校や会社についてのものだったのですが、ベトナム(この先生の周囲だけかも)のやり方と日本の学校(や会社)とのやり方との違いに驚きました。

日本の先生(サラリーマン)たちは、定められた業務(そもそもきちんと定められていないことが問題)以外に部活の指導や保護者対応までこなし、しかもそれに対価を得られない。

私たちは、「昔からの慣習だから」、「周りが当たり前にやっているから」と、しんどさを感じつつもなんとか耐えています(※)が、と比べて日本のそれはなんと理不尽なのでしょうか。

ベトナムを発展途上国だと見下している人たちは日本の現状を見て反省した方がよいです。どちらが「先進国」的でしょうか?

※精神にも体にも経済的にも明らかに良くない状態ですが、しんどすぎて、しんどさに不感性になる(理不尽さについて考えるの止める)ことでやり過ごしている場合もあります。

 

とはいえ、「お互い様」という言葉のように決められた範囲を越して支えあうこともときには必要だという意見もあるでしょう。確かに、すべてが契約ですませるのは何とも味気なくさびしいものです。私も同僚や友人たちと「お互い様」の関係で助け合ってきました。ただし、それは信頼と温かみのある人間関係のときに成立するものです。部下に対して命令できて「しまう」立場にいる上司は、その上で困難を抱えていると言えます。部下の気持ちを無視しても仕事をさせることはできますから。上司と部下との間に必要に応じて「お互い様」と助け合える関係をつくるためには上司は部下に対し、気を遣いすぎるということはないでしょう。

 

そもそもタダで仕事をするっていいことなの?

またそもそも、聞き時間があろうが義理があろうが人情があろうが、タダで仕事をする、させるというのは、相当に問題を孕んだ行為です。

タダであると、ついついそれに甘えて、労働を提供する側も手を抜きがちになりますし、労働を受け取る側もそれが本当に必要かどうか真剣に検討せずに頼むようになってしまいます。

 

それでも、まだ以前の私のように「なんだかんだ生活できているし、あえて事を荒立てる必要はない」と考えてしまうかもしれません。

しかし、自分のことを取り上げてみても、もし、病気や怪我にあったら、失職したら、家族が増えたら、両親が老いてからは・・・と考えると、当たり前ですがお金はいくらあっても困ることはありません。正当な対価は未来の自分のためにも、自分と関係のある人を守るためにも受け取る必要があるのです。

 

やはり正当な対価を得られるように1人1人が主張し、交渉していくべきなのです。

皆が主張することが大切なのです。そうではないと結局主張できない優しい(気弱)人に仕事がどっと降りかかることになります。どうしても主張できないという人がいるのなら、正当な対価を1人1人が受け取り、理不尽な労働をしないで済む仕組みを制度して定めることが必要です(ただし、気弱な人も究極自分のことを守れるのは自分だけですし、自分以外の同僚や後進のためにも主張できるようになった方が良いと思います。また、周囲の人もその人が主張できるように支えた方がよいでしょう。理不尽を克服するための協力者は1人でも多いほうが良いですから。)

労働組合ができあがって来た経緯をなぞらえているようですね。左翼的で嫌だと思うかもしれませんが、自分が働き生活するためには、労働のあり方を問い直すことは大切なことだと思いますよ(日本についていえば、労働問題にこういう色がついてしまっていることが問題だと思っています。共産党や社民党は振る舞いを考えた方が良いのでは?それとも新しい組織・政党に期待するほうが無難ですか?)


労働法も守れない人が子どもに何を教えるんですかね? - らくらく新聞@徒然

話がそれました。このあたりについては↑で怒りとともに書きなぐっているので、参考にどうぞ。本題に戻ります。

 

仕事に値段をつける

 ここまでで、正当な対価を受け取る・支払うことが大切だという話をしてきました。

 しかし、その上で大きい問題があります。これがやっかいなのです。私もこれが苦手で、「タダ働き」を「お互い様」として行ったり、依頼してきたのです。しかし、そろそろ向き合わねばなりません。

それは何か?

 仕事に値段をつけること

です。

自分の仕事に値段ってどうやってつけていいかわからないのですよ。

定価で買って、定められた給料をもらって、と過ごして来た私(をはじめとした日本人たち)には、物の価値を定めるって本当に難しい。

難しいことなので、対価につき互いに納得できているなら、わざわざきちんと計算しなくても、それはそれでいいのだと思います。

かつて花見の席取りバイトを飲み屋で知り合ったおじ様から7万円という高額(5人でということでしたが、おじ様たちがやってくる時間に5人いればいいということだったので実際2人で番をしました)ので提示されたときは、全く算盤はじかず即決しましたし、終わった後にやらなければ良かったとは全く思いませんでした(後になりおじ様は払いすぎたと笑っていましたが)。でも、世の中の仕事はこんなに納得しやすいものばかりでもないので、やはり自分の仕事に値段をつける(対価を把握する)ことができるようになりたいですよね。

 

ということで、ざっくりやってみます。

 

①仕事=時間×技能(で いいですか?)という式を立てる。(簡単!)

②仕事を細かいタスクに分ける(難しい)

③タスクごとにかかる時間を出す(難しい)。

④タスクをこなす上で必要な知識・技能を箇条書きにする。

⑤知識・技能の価値を市場の需給関係の中で(時間当たりで)定める(めちゃくちゃ難しい)。

⑥ ③×⑤をする。(簡単!)

 

簡単!で挟んであるので簡単に見えてきた?んなことないですね、はい。やはり難しいです。面倒です。

プロとはこれができる人なのでしょうね。

そして自分の報酬だけでなく、人の報酬まで定めている人たち(経営者など)って本当にすごい(勿論、所属している・関わっている人間に納得感があることが前提で。)

 

他の方々も中々悩んでいるようです。

自分の仕事へ値段をつける3つの方法 - crimsonwoodsのブログ

フリーランスの仕事の値段 | d-spica

また、直接類似の仕事例がない(それこそ互いの言い値かもしれませんが)ときは、やはりタスクに分ける必要があるのではと思います。そして、②~④は、効率良く仕事をこなしたり、無理な仕事を引き受けないためにも必要なことなので、正当な対価云々抜きでできるようになりたいですね。ライフハック系の記事を読み漁るべきか。ライフハックというとついついこのサイトに飛んでしまいますが、そろそろ遊んでばかりいないで勉強します。

 

交渉してきます

冒頭の先生の話を聞き、それについて考えることで色々なことを知りました。

自分の仕事に値段をつけ、それをもとに交渉するということをきちんとやっていかないと自分も同僚も辛くなり職場の環境が悪くなってしまいます。最終的には上司も経営者も組織も損です。

交渉することで、周囲や上司とギスギスしてしまうかもしれませんが、次の契約更新のとき物申してきます。

自分のために、家族のために、同僚のために、後進のために、組織のために、社会のために。

 

給料が上がったと報告ができるといいな。

 

上がらなくても、それはそれで報告します。

 

それではまた。

 

 

ああ、そうだ。正当な対価をもらうために大事なことをあと一つ。

それは

「断る」コマンド

を持っておくことだと思います。

交渉してもらちがあかないときや、計算はうまくしきれていないが終わったとき納得感が得られ無そうなときは、このコマンドを実行します。そうすれば、仕事をしたのに(十分な・納得できる)対価がないという理不尽な状況をさけることができます。そして、交渉のテーブルから降りることもできるという状況は、交渉を有利にする上で非常に大切です。強力なカードです。どうしても降りることができない状況にいる人たちが割りを食うのが世の中ですから。(日曜劇場『ルーズヴェルト・ゲーム』|TBSテレビでも主人公の所属する会社は下請けとして受注元からの理不尽な要求に振り回されていましたね。)

次の契約更新でのこのコマンドは仕事を止めるということなので

もしかしたら転職か無職かもですね。

 

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