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らくらく新聞@ブンタウ

ベトナムのんびりローカルリゾート・ブンタウからベトナムと日本の諸々のことを書いています。 

相手の自由を認めましょう

私は,人がする大抵の事は(自分の身体や財産を害さない限り、約束や契約を反故にしない限り)許容しようと考えている。相手がスーツを着ていようがいまいがどうでもいい。 互いにそうした方が人は自由で楽になると思っているからだ。でも,相手も私と同じように 互いの価値観やスタイルを尊重しようと考えていると,は思うことができない。 友人の幾人かとは 物事をフラットに話すことができるけど,多くの人間がそれができるとは期待できていない。 だから苦しい。 自由気ままな振る舞いで相手を不快にさせたり,相手を怒らせてしまうことが恐ろしい。そんな私でも楽しくコミュニケーションをとれるときがある。それはどんなときか。

まず人間の傾向を 自分の振る舞いと相手の振る舞いに対する態度で分類してみた。

 

①相手も自分も自由 (天衣無縫)

②相手は自由,自分は不自由(気ぃ使い)

③相手は不自由,自分も不自由 (堅い人)

④相手は不自由,自分は自由 (傲慢・理不尽)

 

私自身は②のカテゴリ。よくネタにされる日本人像は③だろう。社畜もこのカテゴリに入る。

 

相手と私がともにいる場合を考えてみる

(1)①の人×私=状態は自由。 とても楽しい

(2)②の人×私=状態は自由。 とても楽しい。

(3)③の人×私=状態は不自由。 疲れる

(4)④の人×私=状態は不自由or自由。 とても不快。 

 

(1)はとても気楽で楽しい。自分の壁を乗り越えることができるときもあって刺激的だ。

(2)もとても楽しい。自由に振舞えることはもちろん、互いが普段気苦労していることを共有してネタにできる。

(3)タブーが多くて 何が相手の逆鱗に触れるかわからず、気苦労。

(4)一番しんどいかと思うかもしれないが、実はそうでもない。 不快すぎて相手を敵認定できる。そうなれば気遣いもしないモードに入るのでむしろ気楽だったりする。

 

(1)(2)のケースが私が楽しめるコミュニケーションだ。みなさんもそうではないのかな? 

相手の自由を認める人が多くなって欲しい。そうすれば 少しは風通しがよくなる。